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横浜地方裁判所川崎支部 昭和42年(ワ)295号 判決 1969年1月30日

理由

一  《証拠》によれば、原告は、訴外余東永に対し原告主張のように金銭を貸し付け、その貸金返還請求権を担保するため昭和四〇年三月一七日右訴外人を被告の代理人として甲建物につき抵当権設定契約を締結したことを認めることができる。《証拠》中右認定に反する部分は信用しない。

しかしながら、被告が右訴外人に対し右の抵当権設定契約を締結する代理権を貸与したことを認めるに足る証拠はないから、右訴外人の行為は無権代理であり、前記抵当権設定契約は、その限りでは被告に対し効力を生じなかつたものといわなければならない。

二  そこで原告の表見代理の主張について検討する。

(一)  前記抵当権設定契約の際、前記訴外人が被告の実印および乙建物の登記済権利証を所持していたことは当事者間に争いがなく、右訴外人が右の実印の印鑑証明書をも所持していたことは被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、《証拠》によれば、原告は右訴外人が前記実印、その印鑑証明書および登記済権利証を有することおよび右訴外人の言によつて、甲建物が乙建物に二階を増築したものであり、右訴外人は甲建物につき被告を代理して抵当権設定契約を締結する権限を有するものであると信じ、同訴外人を被告の代理人として前記抵当権設定契約を締結した事実を認めることができる。

右の実印は昭和四〇年二、三月頃、また右の登記済権利証は昭和三九年一二月頃それぞれ被告によつて右訴外人に交付されたものであることは、被告の自認するところであり、右の印鑑証明書が右訴外人により右の実印を使用して取得されたものであることは、被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

被告が昭和四〇年一月頃乙建物をとりこわして甲建物を新築したこと、被告が乙建物について滅失の登記、甲建物について表示の登記の各登記手続をしなかつたこと、その後右訴外人から前記登記済権利証を回収しなかつたことは、いずれも被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

(二)  ところで、ある建物につき登記(所有権または所有権以外の権利に関する登記)がなされている場合に、その建物に改築または増築がなされたことにより、その建物の種類、構造または床面積に変更を生じても、建物の同一性が維持されている限りは、右変更に伴う表示の変更の登記を経なくても、前記登記はなお有効であることはいうまでもない。その関係から右のような場合表示の変更の登記をしないで放置されている例が多数あることは、当裁判所に顕著である。これに対して既存の建物をとりこわして建物を新築した場合には、新旧建物の間に同一性が認められないから、旧建物につき滅失の登記をし、新建物につき新たに表示の登記をしなければならずこの場合には、旧建物についてなされていた所有権または所有権以外の権利の登記もまた効力を失なう。したがつて、旧建物についてなされていた登記を新建物に流用することは許されない。

しかしながら、当裁判所が職務上得た知識によれば、旧建物をとりこわして同一地上に建物を新築しながら、登記費用の節約、登録税の僣脱等の目的から、旧建物について滅失の登記、新建物について表示の登記をすることを避け、実質上同一性を有しない新旧建物をあたかも同一性あるものの如く装い、旧建物に関する登記をそのまま新建物に流用してすましている事例もまた稀ではないことが認められる。このような場合、その間の事情を知らない第三者は、旧建物に関する登記をあたかも新建物に関するものの如く誤信し、また旧建物に関する登記済権利証を新建物に関するものの如く誤信する危険があることは明白である。

それゆえ、建物の所有者たる者は、旧建物をとりこわして、同一地上に新建物を建築した場合、不動産登記法の命ずるところに従つて、それぞれ一カ月内に旧建物については滅失の登記(同法第九三条ノ六第一項)、新建物については表示の登記(同法第九三条第一項)の申請をして、前記のような誤信の危険を防止する義務があるものというべきである。しかるに本件において被告が、乙建物をとりこわして同一地上に甲建物を新築しながら、両建物につき右の登記手続をせずまた前記訴外人に交付してあつた乙建物の登記済権利証を回収することもしなかつたことは、さきに見たとおりである。

(三)  《証拠》によれば、被告が前記訴外人に前記登記済権利証を交付した趣旨は、訴外株式会社神奈川相互銀行より右訴外人が融資を受けるについて乙建物を担保に提供する権限を被告が右訴外人に対して付与するものであつたことを認めることができる。してみれば、被告は右訴外人に対し乙建物について抵当権を設定する(これが銀行取引における担保提供の通常の形態であることは、当裁判所に顕著である。)権限を与えたものということができる。被告は、その後乙建物をとりこわして甲建物を新築したにもかかわらず、前記のようにこれに関する登記を怠り、前記登記済権利証の回収もしなかつたところ、前記訴外人の所持する右の登記済権利証によつて原告がこれを甲建物の登記済権利証であるかの如く誤信するにいたつたこと、さきに認定したとおりである。これによれば、原告の右誤信は、被告が前記登記義務を怠り、ないしは前記登記済権利証の回収を怠つて、事情を知らない第三者をしてあたかも乙建物に関する登記ないしその登記済権利証を甲建物に関するものであるかの如く誤信せしめる外観を作出したことによるものというべきであるから、被告は、右外観を信頼した第三者たる原告に対して、その信頼の結果を甘受しなければならないものと考える。

してみれば、本件抵当権設定契約にあたり前記訴外人の所持していた登記済権利証は乙建物のものであつたけれども、あたかも甲建物のものであつたと同視すべく、右登記済権利証が前記の如く被告の右訴外人に対する抵当権設定の権限付与の趣旨で被告より右訴外人に交付され、前記被告の実印もまた被告の意思にもとずいて右訴外人に交付されたものであること前認定の如くである本件においては、右訴外人が右の登記済権利証および実印ならびに右実印を行使して取得した印鑑証明書を所持する以上、そこには民法第一〇九条と第一一〇条のいずれを適用するにしろ、表見代理の要件が存在するものと認定するのが相当である。すなわち、民法第一〇九条の関係では、右訴外人が前記登記済権利証等を所持すること自体を、それらの所持が被告の意思にもとづくことに鑑みて甲建物処分の代理権を付与する旨の表示とみるべく、また同法第一一〇条の関係では、右訴外人が被告より付与された前記権限を踰越して代理行為をしたのに対し原告において右訴外人にその代理権があるものと信ずべき正当な事由すなわち外観が存在したものというべきである。なお、被告は、右訴外人が前記権限を喪失したと主張するけれども、その事実を原告が知つていたことの主張がない以上、被告の右主張には格別の意味を認めることができない。

三、被告は、仮定抗弁として、原告が前記訴外人に抵当権設定の代理権があると信じたのは、原告が右訴外人の言を軽信した結果であつて、その点につき原告に過失があると主張するが、仮に原告が文盲でなく前記登記済権利証の内容を理解しえたとしてもそれを甲建物の登記済権利証と誤信する危険には変りがないものと認められるから、この点において原告に過失があるとすることはできず、また原告と被告とが古くからの知り合いであることはむしろ前記訴外人において原告に虚言を述べる可能性が極めて少ないことを原告に感じさせる要因であると認められ、しかも被告と右訴外人とが真実の兄弟であることは被告の自認するところであるから、かかる事情のもとで、原告が被告に確めることなく右訴外人に本件抵当権設定契約締結の代理権があると信じたとしても、原告に過失があつたということはできない。したがつて、被告の抗弁事実はいずれも理由がなく、採用の限りではない。

四、以上に認定したところから明らかなように、原告と前記訴外人との間において同訴外人が被告を代理していた本件抵当権設定契約については、表現代理の成立が認められ、右契約は被告に対し効力を生じたものというべきであるから、右契約にもとづい被告に対し別紙登記目録記載の抵当権設定登記手続を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて、原告の請求を認容

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